タイトル:第24回山遊会行事 鋸山と日本寺ハイキング報告

小森 廣樹(42学機)

5月2日(土)、田崎リーダーのもと、鋸山と日本寺ハイキングに参加した。参加者は山遊会メンバー11名と千葉県支部長も特別参加され、計12名だった。

この日は降水確率0%の快晴で、五月の薫風を受けながらのハイキングが絶対保証される、絶好の日和となった。
 集合はJR浜金谷駅で、ここは鋸山ハイキングの基点の場所。また、東京湾の対岸の久里浜と結ぶフェリーの発着地でもある。この日最後の行程はこのフェリーで久里浜へ出ることになっている。
(私は横浜に住んでいるので、ここへ来るにはJRに乗って東京湾沿いに馬蹄形をほぼ4分の3周回ることになり、代わりに久里浜からフェリーを使って来た方が1時間以上早く着く、と頭に浮かんだけれど、今日のコースを最初から逆行するのも興ざめと考え、案内どおりJRで浜金谷に来た)
 当初の計画ではロープウエイで鋸山山頂近くまで行く予定だったが、これを変更して歩いて登ることになった。
 10時35分、浜金谷駅を予定通りに、標高329mの鋸山を目指して出発した。

途中見上げると切り立った岩壁が露出して荒々しく立っている。 急な山道を登っている写真 これは房州石の切り石の跡であり、鋸山という名の由来は山際が鋸の刃のようにギザギザして見えることにあるとのこと。
約15分、鋸山登山口に到着。10時50分、ここから登山を開始。
小休止している写真 急な山道に入る。15分程登ったところで小休止。下の方から這うように吹き上がってくるほど良い風が心地よい。もみじの木は新緑の代表格だが、射す陽光が葉を透かして降ってくるのは実に爽やかだ。あぁ来てよかった、という言葉が自然に出てくる。
 ここで千葉県支部長の檜山さんからの差し入れの大きなドラ焼きがみんなに配られた。いずれも目を細くしてパクつく。
 ここからまた急な山道を行く。 今回のメンバーの中で最高齢の杤本さん(19年原動機科)が加わっており、後輩のメンバーに混じってしっかりとした足取りで心強い。

高齢の前も後ろも混じる列薫風のなか日本寺めざす       にゃんこ

観月台で一休みの写真10分ほど登ると観月台。 林がぽっかり抜けて見晴らしが良い。前方にきらきらと明るい東京湾が見渡せる。なんと、この日は天気が良すぎるためか、薄いもやが出ていて、対岸の三浦半島までしか見えない。本来ならば遠く丹沢山、さらには富士山も見えるはずだが、残念だった。
 この辺りから道は階段になっている箇所が少しずつ増えてきて、参道の気配が感じられる。 急坂を登坂中写真 一方、ハイキングの道は概して傾斜を和らげるため蛇行していると思うのだが、ここは目的地への距離を短縮するかのように、道がひたすら頂上へ向かって登っている。ほとんど異口同音に「思っていたよりキツイねぇ。」といった言葉が出てくる。 手すり付きの石段を登っている写真 所々に手摺が設けられていて、先頭に続いて数珠つなぎに登ってゆく。
 いよいよ頂上に近づいてきたようで、採石で垂直に切られた巨大な岩壁が木々の間から見えてきた。
最後の急な山道。足元にはあちらこちらにミツバが生えている。子供の頃したように、ミツバを摘み取ってみた。独特の香りが懐かしい。

門前の堤を下りて草を摘む       虚子

12時。いよいよ目的地の日本寺。入り口で拝観料を払い境内へ。百尺観音にたどり着いた。  観音様は巨大な岩壁に彫られ、高さが百尺もあり、昭和41年に完成したとのこと。周辺は石切り場の跡で、数十メートルの高さに切り通されている。圧倒的な高さの岩肌に苔や蔦が生えて幻想的だ。

観音様の前での写真
観音様の前で全員集合

地獄のぞきの岩の写真 後方を見上げると先端が空に突き出た「地獄のぞき」といわれる岩の頂上が見える。
一服した後「地獄のぞき」の頂上へ。頂上に立つと、視界360度、遮るものがなく、十州が見えるといい、三浦半島、遠く九十九里浜、太平洋が広がっている。富士山はもやでやはり見えなかった。立っている場所は空中に張り出して自分が宙に浮いているよう。下を見ていると、その名が示すように地獄をのぞいているようで、足がすくむ。 羅漢像の写真
 頂上から千五百羅漢道を下って大仏広場へ向かう。下ってゆく途中に石で彫ったたくさんの羅漢像がある。どの像も長い年月を経て風雪に削られているが、顔の表情が同じでは無く興味深い。
 13時。大仏広場に着いた。
 ここで待望の昼食になる。紅一点の若い佐竹さんから冷えたビールがみんなに配られた。いつもそうなのだが、今回も重いビールを強力(ごうりき)さながら皆のために下から背負って来ていたのだ。感謝の気持ちも加わって実にうまいビールだった。
 この場所で40分休憩。そのあいだ大仏様をバックに記念の集合写真を撮る。大仏様は岩山を背に鎮座しており、周りが広いことと後方の岩が巨大なことから、広場から眺めるとさほどには見えないが、近くへゆくとやはり大きい。高さ31mで日本一の大きさだという。

大仏様の前での写真
大仏様の前全員集合

13時40分、日本寺の山系を巡りながらの下山をする。
 14時、寺の仮法堂で小休憩。昭和14年火災で本堂を焼失したそうだ。ここの庭に源頼朝が植えたという大きなソテツがあった。
 ここから更に下山。途中、親と一緒にせっせと登って来る小さな子どもたちに何度か出会った。そのたびに杤本さんは声を掛けて励ましていた。

声かけて行き交ふ子らを励ませる杤本さんは八十路のなかば     にゃんこ

その杤本さんは、ロープウエイで下まで戻ることになり、 下り坂で休憩中の写真フェリー乗場で落ち合うこととして一旦分れた。皆は、今朝登り始めた地点に戻るコースに変えるため大仏広場へひき返す。  ここから一気に下山の途につく。
 下りの石の階段が長く続き、少なからずハードに足腰にくる。
 15時、海抜150mのところで小休止。
 15時40分、金谷港に到着。杤本さんと落ち合う。

16時発のフェリーに乗船。ペリー上陸記念碑の前での写真久里浜までの所要時間は40分。フェリーの中でビールを飲みながら、今日のことを談笑し、顧みる。
 16時40分、久里浜港へ到着。ここから京急久里浜駅まで歩いてゆくことにする。途中、ペリーの日本上陸の記念碑を見る。白木屋での打ち上げの写真碑の揮毫は伊藤博文となっていた。
 17時30分から京急久里浜駅近くの「白木屋」で約1時間半、歓談をし、疲れを癒した。  19時、京急久里浜駅にて解散した。


今回の鋸山と日本寺ハイキングは天候に恵まれ、また皆様のお世話を受け、楽しく無事に参加できましたことに感謝いたします。

 参加の皆様(敬称略):田崎リーダー(32電)、菅谷会長(42機)、杤本(19原)、檜山(30機、千葉県支部長)、矢野(32原)、小宅(36電)、兼子(38電、にゃんこ)、佐竹(特別会員)、青野(41工化)、小林(38電)、新沼(38電)、小森(42機)




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